長崎地方裁判所厳原支部 昭和61年(わ)24号 判決 1988年6月08日
主文
被告人を禁錮一年に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、汽船第三甲野丸(旅客船、船舶の長さ一〇・八七メートル、最大とう載人員二三人)を所有し、いわゆる瀬渡し業を営むものであるが、昭和六〇年一二月一日午後五時四〇分ころ、右第三甲野丸を使用して、磯釣客であるA(当時四〇歳、以下Aという。)及びB(当時五一歳、以下Bという。)の両名を、長崎県下県郡巌原町大字豆配内院字松無し一第一所在の神崎灯台から真方位三〇〇度約一五〇メートル付近に所在する岩礁(通常ウノクソ、以下「ウノクソ」という。)に瀬渡しして、同所に上礁させ、翌二日午前六時ごろ迎えに来る旨約束して同人らを右岩礁に残したまま内院漁港に帰港したが、同岩礁は、最大幅九・一メートル、全周三二・九メートル、海面からの高さ約四・九メートルの海中に孤立した岩礁で、風波が強いときには全体が波をかぶり、危険な岩礁であった上、同日午後六時に発表された壱岐・対馬地方の天気予報は、低気圧に伴う寒冷前線が夜半前後に通過し、その後冬型に変わって、南西のち北西の風に変わり、海上の最大風速は一五ないし二〇メートルに達し、突風を伴うというものであり、強風波浪注意報が発表されていたのであるから、天候が悪化することが当然予想され、瀬渡し業者である被告人としては、海が荒れる前に右Aらを第三甲野丸に収容して安全な場所に避難させるなどし、もって、同人らの危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同日午後八時ころと同日午後八時二〇分ころの二回右岩礁を見回った際には、まだ海上が平穏であったことから危険はないものと軽信し、同人らを避難させず右岩礁に放置した過失により、同岩礁付近においては、同日午後一〇時ころから風波が強くなり、翌二日午前零時ころには同岩礁全体が高波に洗われる状態となり、同日午前五時ころ、前記Aをして、右高波のため海中に転落するに至らしめ、よって、そのころ、同人を急性心不全により死亡させたほか、前記Bをして、右高波によりその身体を前記岩礁に打ちつけさせるなどし、よって、同人に対し、全治まで約一〇日間を要する前額部挫創等の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)《省略》
(弁護人らの主張に対する判断)
第一弁護人らの主張
弁護人らは、瀬渡し業者においては、天候の急変を察知した場合には、夜間であっても釣客を瀬渡しした場所を見回りに行き、危険な状況が生じていれば釣客を救助しなければならない義務があることは当然であるとしつつも、本件においては、昭和六〇年一二月一日午後五時三〇分ころ本件被害者らをウノクソに上陸させたときも、同日午後八時ころと八時二〇分ころの二回にわたってウノクソを見回ったときも、周辺の波はなぎの状態であり、同日午後一〇時ころも天候が急変する気配がなかったのであって、被告人に本件事故の原因となった天候の急変を予見することは不可能であった、当時強風波浪注意報が出されていたとしても、同年一一月三〇日午後五時三〇分には天気予報で雷雨強風波浪注意報が発表されていたにもかかわらず天候はさして悪化せず、翌一二月一日午前六時一〇分には波浪注意報が発表されていたにもかかわらず天気が良かったのであるから、天気予報がはずれていると考えられたのであり、これをもって直ちに予見可能性があったとすることはできない、また、被告人は、強風波浪注意報が出ていたことから、前記のとおり、二回にわたってウノクソを見回り、被害者らに危険を知らせ、安全な場所に避難させようとしたが、同人らは、これを拒絶し、夜釣りを強行しようとしたのであるから、被告人としては、結果回避義務を尽くしているといえるのであり、よって、被告人は無罪である、仮に、被告人に過失責任が認められるとしても、Aの死因は、溺死ではなく、急性心不全であることからしても、同人の死亡の原因が海中に転落したことによるものであるかは疑問であり、同人にはもともと身体的欠陥があり、厳冬の瀬で夜釣りをするだけの体力もなく、体力を消耗して海中に転落する以前に死亡した可能性も残されているのであり、結局、被告人の過失行為がAの死亡の原因であること(因果関係があること)の立証が尽くされていない旨主張する。
第二当裁判所の判断
一 過失責任について
前掲各証拠によれば、以下の事実が認められる。すなわち、
1 本件事故があったウノクソは、最大幅九・一メートル、全周約三二・九メートル、岩礁最頂部の海面からの高さ約四・九メートルで、南西側は約四〇度、南東側は約七〇度、北東側は約八〇度ないし九〇度の勾配の斜面を持ち、後ろの岩礁まで約一・五メートルの距離がある海中に孤立した岩礁で、その表面は、全体的に凹凸の荒い面となっているが、各所にイワノリ、コケ等が付着して、すべり易い状態になっていること
2 被害者ら一行五名は、昭和六〇年一二月一日に対馬を訪れ、被告人は、同人らを乗せ午前一一時四〇分ころ第三甲野丸で出港し、当初は、被害者らを内院の四番に、その他の三名を内院の二番という瀬に上げたが、同日午後五時三〇分ころ、瀬変わりさせることにして被害者らをウノクソに、その他の三名をそこから少し離れたマクラという瀬付近に上げ、被害者らに対し、翌日午前六時ころ来るので、用心して釣るよう言い残して帰宅したこと
3 当時、ウノクソ付近の海上は平穏であったが、日本気象協会が同日午後六時に発表した壱岐・対馬地方の天気予報は、「低気圧に伴う寒冷前線が今夜半前後に通過し、その後冬型に変わって、南西のち北西の風に変わり、陸上の最大風速は一〇ないし一五メートル、海上は一五ないし二〇メートルに達し、突風を伴いますので、陸上、海上とも十分注意して下さい。沿岸の海域は、明日は波が高く、突風の吹く恐れがあります。船は十分注意して下さい。明後日は波がやや高いので、小型の船は注意を要します。今日の午後五時五〇分、壱岐・対馬地方に強風波浪注意報を発表しました。船は御注意下さい。」というものであったこと
4 被告人は、右天気予報を聞いていなかったが、客を飛行場に送っていった帰りの車中で天気予報を聞き、同日午後七時ころ帰宅した被告人の息子Yから、客をどこに上げたか聞かれ、ウノクソ等に上げた旨伝えたところ、Yから、強風波浪注意報が出て危険なのに、どうしてそのようなところに上げたかと注意され、そこで、被告人らは、同日午後八時ごろウノクソに行ったが、その周辺はなぎであり、船の先にいたYは、被害者らからえさがあるかと尋ねられたので、船の上から、「えさはありますよ。」と返事をし、更に、「風が強くなるのでどうしますか。」と尋ねたが、被害者からは返事がなかったので、えさを渡すのは少し待つよう言い残して、他の客がいるマクラに向かったこと
5 被告人らは、同日午後八時二〇分ころ再びウノクソに戻ったが、その際、Yが、まず船からえさをもって上陸し、被害者らに対し、「風が強くなりますよ。」と言ったが、依然その周辺はそれほど波もなく、被害者らは返事をしなかったので、Yが「用心して下さい。明日の朝早めに来ますから。」と言ったのみで、被告人らは帰宅したこと
6 一方、マクラ付近の瀬に上陸した者たちは、同日午後七時過ぎ夕食が終わったころには、風と波が強かったため、マクラ若しくは上陸した地点まですら行くことができず、到底釣りができる状況ではなかったので、後方の波をかぶらない場所まで後退して、その夜は釣りをあきらめたこと
7 同日午後九時の日本気象協会の天気予報は、「寒冷前線の通過による天気の崩れは小さい方ですが、南西のち北西の風が強まり、気圧配置は冬型になってきましょう。沿岸の海域は、二日は波が高く、突風の恐れがありますので、船は注意して下さい。三日は波がやや高いですから、小型の船は御注意下さい。」というものであったこと
8 その後、ウノクソは幾分波が高くなって、被害者らもしぶきをかぶるようになったが、更に、翌二日午前零時ころには波が足元を洗うようになり、被害者らは、岩の穴にロープを通して道具をくくり付け、ロープをつかまえていたが、同日午前二時ころには、段々波が大きくなって、同人らは全身波をかぶるようになり、ロープにつかまって岩の上に寝転がり、波が来ると思えば、互いにロープをしっかり握っているように言って励まし合い、波にさらわれないよう波と闘ったこと
9 同日午前五時ころ沖の方から白波が来るのを知って、被害者らは、前記のとおりの体勢でロープをしっかり握って波を待ち構えていたが、波が来た直後に、Aの姿はウノクソから消えたこと
10 同日午前六時ころ、被告人らはウノクソに被害者らを迎えに行って本件事故を知り、Bを救助した後Aを捜索したが見付からず、翌三日午前九時五〇分ころ同人は死体で発見されたこと
右各事実を総合すると、被告人には判示のとおりの過失責任が認められることは明らかである。
弁護人らは、被告人が天候の急変を予測することは不可能であった旨主張するが、前記のとおり、同月一日午後六時の天気予報では対馬地方には強風波浪注意報が出され、同日午後九時のそれでは、南西のち北西の風が強まるというのであり、更に、同日午後八時ころマクラを見回った際には、周辺に波があったことからしても、また、被告人自身当公判廷で供述するように、冬場は一時間で風の向きや天候が変わることが多いことからしても、右のようなもとでは当然天候の悪化を予測しなければならず、かつ、十分予測し得た状況であったといえるのであり(現に、被告人は、Yからウノクソに上げた被害者らが危険であることを注意されて、避難させるため、同日午後八時ころウノクソに赴いたことは被告人自身供述するとおりであり、このことはとりもなおさず、その時点において、漠然とではあるにしても、被告人が、天候が悪化する恐れを認識していたことが明らかである。)、被告人は、長年の経験からしてもこのたびの天候の急変は予測できなかった、天気予報はいつも当たるとは限らず、今回もはずれたと思った旨供述するも、それは、被告人の判断に誤りや軽率さがあったということにほかならず、被告人の過失責任を免れるものではないことはいうまでもなく、弁護人らの主張は採用できない。
また、弁護人らは、被告人は、Yから、ウノクソに被害者らを上げたのは危険である旨注意され、同人らを避難させるため、同日午後八時ころと午後八時二〇分ころの二回にわたってウノクソを訪れ、同人らに今後風が強くなるかもしれない旨注意したにもかかわらず、同人らは、危険を承知でウノクソで夜釣りを続行したのであるから、被告人としては結果回避義務は尽くしている旨主張し、被告人も右主張に沿う供述をするが、孤立したウノクソに上げられた被害者らとしては、天候が悪化して危険が生じた場合には、被告人が救助に来るのを待つほかない状況にあったことからして(弁護人らは、ウノクソは孤立しておらず、陸地に避難できた旨主張するようであるが、前掲各証拠に照らせば、ウノクソが孤立していることは明らかであって、仮に干潮時には約一・五メートル離れた後ろの岩礁まで、ところどころ海面から露出した岩礁を伝って渡ることができたとしても、本件当時は暗く、風が強く、波が高い状況で、表面は滑り易く、B証言によれば、ウノクソは初めて上がった場所であったことからしても、到底被害者らが安全に後ろの岩礁に渡れるとは認められない状況であって、右認定を左右するものではない。)、前記の状況のもとにおいては、釣客の生命、身体に対する危険を包蔵する瀬渡し業に従事している被告人としては、その後の天気予報や波、風の状況に十分注意し、危険が生じる前に被害者らを安全な場所に避難させたり、船に回収するなどの措置を取るべき注意義務が存することが明らかであり、ウノクソに二回見回りに行ったとはいっても、前記のとおり、同日午後八時ころウノクソに赴いた際は、Yが、船の上から被害者らに対し、天候のことについては、「風が強くなるのでどうしますか。」と尋ねたのみで、危険な状況について告げるどころか、逆に、えさを渡すから少し待つよう述べており、また、同日午後八時二〇分ころ赴いた際には、Yは、えさを渡すためにウノクソに上がったものの、天候のことについては、風が強くなるから用心するよう一言告げただけで、結局、いずれの際にも、強風波浪注意報が出ており、孤立したウノクソで夜釣りをすることは危険である旨注意するような具体的行動には何ら出ておらず、被告人自身にあっては、そのいずれの際にも、直接被害者らに対して危険な状況を知らせて避難させる等の行動は全くとっておらず(たとえ、船からYに対し、被害者らを船に上げるように叫んだとしても、Y若しくは被害者らに到底聞こえる状況にはなかったことが認められる。)、またY、に対し、被害者らに危険を知らせて船に乗せるよう命じたり、危険を伝えたか確かめるなどの行動もとっていないのであって、被告人が供述するように、Yが被害者らに対し、危険を告げて船に戻るよう説得したものと誤信したとしても、そのこと自体責められるべきことはいうまでもなく、その上、そのまま帰宅して、被告人の当公判廷における供述によれば、自分で空を見て天候の変化を判断したのみで、天気予報を見ることもなく、自分の判断で天候は急変しないものと軽信し、そのまま翌朝まで就寝したということに照らせば、被告人が結果回避義務を尽くしたとは到底いえないのであって、被害者らも長年釣りの経験を持ち、自分らも天気予報に気を配ったり、ロープに体を縛りつける等の行動に出なかった点落度ともいえる面がないではないが、到底これらの点をとらえて被告人の過失責任を否定するものではなく、弁護人らの主張は採用できない。
二 因果関係について
弁護人らは、仮に、被告人に過失が認められるとしても、被告人の過失とAの死亡との間に因果関係は認められない旨主張するが、前掲各証拠によれば、前記のとおり、被害者らは、岩にくくりつけたロープを握って波をかぶりながらも互いに励まし合いながら波と闘い続けていたが、同年一二月二日午前五時ころ高波をかぶり、その直後にAが波にさらわれて行方不明になり、翌日死体で発見されたこと、Aに特段死亡につながるような病気をうかがわせるような事情は認められないことが認められるのであって、以上の事実によると、多くを論ずるまでもなく、被告人の前記過失行為とAの死亡との間に因果関係が認められることは明らかであり、Aの直接の死因が溺死ではなく、急性心不全であるとしても右認定を妨げるものではなく、これに反する弁護人らの主張は採用できない。
(法令の適用)
罪条 各被害者ごとにいずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号
科刑上一罪 刑法五四条一項前段、一〇条(犯情の重いAに対する罪の刑で処断)
刑種の選択 禁錮刑選択
刑の執行猶予 刑法二五条一項
訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文
(量刑の理由)
被告人の本件犯行は、判示のとおり、いわゆる瀬渡し業を営む被告人が、釣客二名を孤立した瀬に上礁させたまま、業務上必要とされる注意義務を怠り、翌朝まで放置し、その結果、一名に判示のとおりの傷害を負わせ、他の一名を死亡するに至らしめるというまことに重大な結果を引き起こしたものであって、その犯行自体が極めて重大であることは多言を要しないところである。
殊に、被害者らは、夜間他と全く連絡がとれない状態で孤立した小さな岩礁にいるのであるから、被告人が迎えに来て救助するのでなければ危険を回避する方法が全くなく、かつ、天候の悪化が十分予測できた状況にあったにもかかわらず、被告人は、天候は悪化しないものと軽信し、天候の変化に全く気付かず、翌朝まで同人らを放置し、本件事故を招いたものであって、人命を預かるという職責を十分果たさず、自己の判断を過信して、本件事故を未然に防止する努力を怠った被告人の本件犯行態様は悪質であり、岩にしがみついて数時間波と闘ったものの、力尽きて波間に消えていったA及び残されたその遺族の心境は察するに余りあり、その他、未だAの遺族に対する慰藉の措置は十分に講じられてはいないこと等にかんがみると、被告人の刑責は極めて重いといわなければならない。
しかしながら一方、被告人としても、Yに強く被害者らを船に引き上げさせるなり、被害者らに強風波浪注意報が出ていて危険があることを伝えたか確かめるなどしなかった点はさておき、一応は危険を感じてウノクソを見回るなどしていること、被害者らにおいても、冬の夜釣りをするに当たっては、天気予報を十分調べるなどして自分らの身の安全を図るべきであったにもかかわらず、やや他人任せの面があったことは否めず、多少落度があったと評価されること、被告人は、るる弁解するものの、本件の責任を認め、反省している面もうかがわれること、被告人にはこれまでに前科がないこと等、被告人にとって有利な情状も認められるところであって、これら被告人に有利、不利な一切の情状を考慮するとき、被告人に対しては主文掲記の刑を科した上、その刑の執行を猶予するのが相当であると認めた。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 木村元昭)